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小論文入試(医学系) [その他いろいろ]

さて、主要3科目シリーズの最終日。一昨日の英語、昨日の数学に続きまして、今日は国語です。国語といえば小論文。それでは大学入試の小論文問題を取り上げてみましょう。

「レオナルド・ダヴィンチは芸術家としてだけではなく、科学者として優れた業績を残した。君が今後、医学を学んでいくこと以外に、どのようなことをしたいか述べなさい。そのことの良い面と悪い面の両方から論じなさい。(2004年慶應大学医学部)」

さて、どう論じるか?

河合塾の模範解答例をみてみよう。

http://hiw.oo.kawai-juku.ac.jp/nyushi/honshi/04/ko9.html

いくつか解答例があるようなので「解答1」を取り上げる。

ボランティア活動を通して、知的障害者とのコミュニケーションの難しさを知り、こういった現場でのコミュニケーション能力を磨くことが、医師として患者との円滑な関係を築くために重要であることを論じている。ボランティア精神旺盛な人に見られがちな「押し付け主義」の危険性についても言及している。

実際に学生を採る立場から言わせてもらうと、残念ながら、この解答に合格点はあげられない。それは何故か?

そもそも「ボランティア活動」の定義は何か?無償で仕事をするこである。そのこととコミュニケーション能力とは何の関係もない。「ボランティア活動」という言葉を前面に押し出すのであれば、「ボランティア精神」とはいかなるもので、それが医学を学ぶこととどう関係するのかについて論じなければならない。

様々なボランティア活動があるなかで、たまたまこの人は知的障害者の施設で働いたということである。であるから、この人が論じるべきは「ボランティア活動」ではなく「知的障害者とのコミュニケーション」であるべきだ。

さらに致命的に問題なのは、たった一回のボランティア経験から、コミュニケーション能力云々に議論を一般化させてしまっている点である。

ひとつ大事なことをお教えしよう。医学部入試の小論文を採点するのは「国語教師」ではなく、「医学研究者」である。彼らはサイエンティストである。サイエンティストは客観的な証拠に基づいた意見を重んじ、主観的な意見を忌み嫌う。国語教師ほど言語表現力には固執しない。大事なのは客観性と論理性である。

おそらくこの模範解答を書いたのは予備校の国語教師なのだろう。国語の作文としてはよく出来ているが、医学部入試の小論文、特にこの大学のように難度が高く研究志向も強い大学の小論文としては、決して出来の良いものとはいえない。

例えば第3段落に注目する。コミュニケーションを行ううえで熱意だけではダメで、特殊な「技術」が必要だと述べている。そこまではよい。しかし問題はそこからである。大学でコミュニケーションの理論を学ぶだけでは医療者として不十分だと言っている。

そもそも医学部でコミュニケーションの「理論」など教えない。医者は心理カウンセラーではない。コミュニケーションは高学年になったときに臨床実習で学ぶのだ。つまり「実地経験」を通して学ぶ。このことと、くだんのボランティア経験と何が違うのだ?両者ともに「実地経験」から得られるコミュニケーション技術であることには変わりなく、この人の論理的整合性はここにおいて破綻する。

ついでに言うと、第2段落の活動描写が長すぎる。科学的志向を持った小論文では、随筆のような心情描写や風景描写はむしろ減点対象になりうることを忘れてはならない。

最後の段落も尻切れトンボになっている。「押し付け主義」が問題であることはわかる。ではそうならないためにどうしたらよいのか全く書いてない。

ではこの模範答案をどう変えるか?

僕が受験生なら、一回きりの施設訪問を小論文の主たるネタにはしない。するならいろんなボランティア経験を短くまとめて列記する。例えば、第一段落では、施設に行きました、街頭で募金しました、近所の老人のお手伝いしました等々について書く。

そして第二段落で「ボランティア精神」の本質について述べる。ここで効果的にシュバイツアーの事例を持ち出し、彼の人生においてボランティア精神がアフリカでの診療活動、ひいては「生への畏敬reverence for life」の哲学へと結びついていった様を述べる。こうすることで意見に客観性が増し、結論を一般化させやすくなる。シュバイツアーについて知らなければ、「国境無き医師団」の活動などについて言及してもよい。いづれもノーベル賞を受賞した人および団体であり、自分の意見に「権威づけ」をするにはもってこいの事例である。医学研究者はノーベル賞に弱いことをここに暴露しておく。

そして第3段落で、自分が医者になったときに、ボランティア精神がどう生きるかを論じる。医師の仕事時間は患者の容態に依存する。もらった給料分の仕事しかしないというような偏狭なプロフェッショナリズムに陥っていては医師としてはやっていけない。ここでボランティア精神は生きてくる、と論じる。仮に研究者になったとしても同じである。お金や名誉のために研究するのではなく、人類への貢献という精神が必要で、ボランティア精神はその定義上、ここに繋がってくる。

最後に「押し付け主義」について言及し、ボランティア精神というものは「無条件の提供」でなければならず、このことの自覚が押し付けを抑制し、ボランティア精神をさらに有用なものにすると述べる。

高校生にここまで求めるのは酷でしょうかね?いや、医学業界にいるものとしては、ぜひ熱いハートと同時にクールな頭脳を持った若い人材に来てもらいたいと思うのであります。

 

 

 

 

 

 

 


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コメント 4

KDN

 小論文、ずいぶん昔の入試の時に書きましたよ。その前に読んでいた某先生の経験的新書に助けられた記憶があります。
 与えられたテーマについて「全く書くことがない」のは論外ですが、「知ったかぶり」がどこまで許してもらえるかは採点者の心情次第でしょうかね。高校生ではある程度知ったかにならざるをえないでしょうし。ただし、客観的な文章を書けることはおっしゃるとおり絶対条件だと思います。理系論文を書く前に、ぜひ寺田寅彦あたりの随筆を読んでおいて欲しいモノですね。
by KDN (2006-04-18 21:32) 

しょちょう

KDNさん
お久しぶりです。お元気ですか?
おっ、そうですか、小論文書きましたか。僕は入試に小論文はありませんでしたので、予備校などがどういった医学系小論文対策をしているのか最近まで知りませんでした。
業界内部にいる者にしかわからないポイントってありますよね。採点する人達(各科の教員)がどんな人なのかをイメージできれば、おのずと求められる文章もわかろうというもの。予備校の国語教師とはかなりの温度差があるように思います。
by しょちょう (2006-04-18 23:13) 

チョムプー

小論文を教えているチョムプーですが(汗)、娘は大学受験の選択科目で「小論文」はとりませんでした。というのも、予備校の小論文クラスのおためし時間に書いてみたら、先生に「おもしろすぎるので、もっと堅苦しく書け」と言われ、「おもしろいのしか書けない」ということでやめました・・・。小論文を書くには証明問題を解くような理数頭が必要だと思いますが、娘はアーティスト系で(笑)。長文読解に強いといわれる河合塾ですが、この模範解答例は小論文を教える側から見れば、「しりきれとんぼ」観がありますね。本当なら「○○がしたい」「その良い面」「悪い面」最後に「良い面悪い面双方あるが、たいせつなことは○○である」というように、総合化して一般的な主題を書くほうがまとまってみえます。内容でなく、小論文形式から見るとですよ。段落ごとにめりはりをつけ、この段落は具体的なこと、この段落は一般的なこと、と統一すると限られた字数でがっちりして見えます。「どのようなことをしたいか」については、もっと身近な趣味的なことを書いてもいいかも。「ボランティア活動」という、うけはいいかもしれないけれど、大きいものをとらえると、書くことが苦手な子だったらいっそうまとまりのない散漫な文になる恐れがあります。それと文系頭の私からすると、思いっきり医学と関係なさそうなことをあげてもらったほうがおもしろいですねー。それでこそ、設問の「ダヴィンチは芸術家であり科学者であった」という例にも結びつくかと。そういえばシュヴァイツァーは「音楽家であり医学者だった」ですよね。
by チョムプー (2006-04-19 18:57) 

しょちょう

チョムプーさん
そうですか、小論文を教えておられるのですか。では、このトピックに関しては玄人さんですね。
ひとくちに小論文といっても、いろんな小論文があろうかと思います。社会科学や哲学を意識したものから、データの分析を中心としたもの、文学的なもの、そしてこの記事で取り上げたような医学系のもの。これらはそれぞれ異なったものの見方、異なった表現方法が求められるはずです、なぜなら出題者も採点者も、それぞれ異なった分野の専門家だからです。一方で、高校や予備校で小論文を教えておられるのは人文系出身のいわゆる「国語教師」と呼ばれる方々だろうと推測します。
もちろん、基礎になる表現力や思考力はどの分野でも変わりません。基礎力があればどの分野の小論文でも60点を手堅く取れるでしょう。が、「抜きん出た小論文」を書こうと思うと、採点者を唸らせるような形式・内容でないと無理でしょう。医学系の小論文であれば医学系の研究者が好む文章というのが必要になってくるわけですね。
by しょちょう (2006-04-20 16:59) 

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