怒号 [その他いろいろ]
ひとは怒れる生物である。ひとが怒っている姿を目にするのはそう珍しいことではない。そんな光景を見てもせいぜい３日もすれば、そんなことがあったことすら忘れてしまう。
しかし、僕の記憶に刻み込まれ、いまだに忘れられない怒号（怒りの叫び）がある。
あれは高校一年生のとき・・・・・
Ｗ先生はかなり御高齢の英文法の先生である。いつもニコニコと温和な表情を浮かべ、決して感情を乱すことなく授業をする人だった。ニコちゃんマークそっくりの丸顔で、優しく語りかけるように英語を教える。
ある日のことである。Ｗ先生がいつものように柔和な表情と優しい語り口で授業をしていた。
「はい、みんな、この文章、日本語に訳してみようか。」
「できるかな？ ん？」
・・・・・・・・
足元に消しゴムがコロコロコロ ・・・
・・・・・・・・
この直後に、僕は空前絶後の怒号を聞いた。それは一人の老人が発したとはとうてい思えない、いや、およそ人間が発しうるものとは思えないような類の叫びであった。声が大きいとか、表情が怒っているとか、そういう言葉で表現できるようなレベルのものではなく、Ｗ先生の全生命エネルギーが、まるで臨界点に達した核反応のように何万倍にも自己増幅され、肺から声帯を突き抜け我々に向かって噴出されたかのような、そら恐ろしいほどの破壊力を持った声であった。
「だ、誰なら！！！わしに消しゴム投げたん、だ、だ、誰じゃ！！！出てこいや！！！！！」
あの温和なＷ先生が、怒り狂ったライオンの咆哮のような声をあげていた。
それまで、睡魔と闘うことや、昼の弁当のおかずを想像することや、昨日の夜こっそり見た１１ＰＭ（エロ番組）のことを思い出すことで占められていた我々の脳は、まるで原爆投下直後の広島市内のように、一瞬にして「無」と化した。
「誰じゃ言うとるんじゃ！！！」
江田島の旧帝国海軍兵学校の出身であり、戦場で生きるか死ぬかという修羅場を経験してきたこの先生の恫喝には、我々戦後世代がやるような「どうせキレたって死ぬわけじゃないし」みたいなセーフティーネットの上での安全な「キレ」とは完全に違う何かがあった。消しゴムを投げた奴を討つためだったら自分は死んでも構わない、そんな特攻隊員の霊が憑依したかのような鬼気迫る叫びであった。
「誰じゃ！！わりゃあ、何黙っとんじゃ！！！」
・・・・・・・・・・
「この消しゴム、誰のじゃ！！！！！」
沈黙と恫喝が繰り返された。鶴は死ぬ瞬間に一哭するという。あと数回叫んだら、Ｗ先生は死んでしまうかもしれない。そんな気すらさせるような魂の雄叫びである。
しばらく沈黙が続いた
最前列の、先生の目の前の席に座っていた真面目で大人しい生徒が、震えながら立ち上がり、声にならない声をふりしぼってこう言った
「す、すみません」
「何じゃあ、われ！！！」
「そ、それ、ぼ、ぼくの消しゴムです」
「お前のか！！」
「は、はい、す、すいません、落ちたんです」
・・・・・・・・・・・
次の瞬間、Ｗ先生の顔は豹変した。いつものニコニコ顔に戻っていた。
「お、おちたんじゃの、気をつけいよ、ほい、消しゴムな」
誰もが、このほんの数分の出来事を何かの間違えじゃないかと感じていた。とてもこれが現実に起こったこととは思えない、真っ白な頭の中でかろうじて思考できたのはそんなことであった。この老人があれほどの爆発性を内に秘めていようとは誰が想像できただろうか。
あの恫喝は何だったのか、未だに僕はわからない。ただひとつ感じたのは、この老人が全身全霊で僕達にぶつかろうとしていることだった。
あれから１９年
Ｗ先生はすでに他界されたと聞いた。ああいう先生、今はいないんだろうなあ。
しかし、僕の記憶に刻み込まれ、いまだに忘れられない怒号（怒りの叫び）がある。
あれは高校一年生のとき・・・・・
Ｗ先生はかなり御高齢の英文法の先生である。いつもニコニコと温和な表情を浮かべ、決して感情を乱すことなく授業をする人だった。ニコちゃんマークそっくりの丸顔で、優しく語りかけるように英語を教える。
ある日のことである。Ｗ先生がいつものように柔和な表情と優しい語り口で授業をしていた。
「はい、みんな、この文章、日本語に訳してみようか。」
「できるかな？ ん？」
・・・・・・・・
足元に消しゴムがコロコロコロ ・・・
・・・・・・・・
この直後に、僕は空前絶後の怒号を聞いた。それは一人の老人が発したとはとうてい思えない、いや、およそ人間が発しうるものとは思えないような類の叫びであった。声が大きいとか、表情が怒っているとか、そういう言葉で表現できるようなレベルのものではなく、Ｗ先生の全生命エネルギーが、まるで臨界点に達した核反応のように何万倍にも自己増幅され、肺から声帯を突き抜け我々に向かって噴出されたかのような、そら恐ろしいほどの破壊力を持った声であった。
「だ、誰なら！！！わしに消しゴム投げたん、だ、だ、誰じゃ！！！出てこいや！！！！！」
あの温和なＷ先生が、怒り狂ったライオンの咆哮のような声をあげていた。
それまで、睡魔と闘うことや、昼の弁当のおかずを想像することや、昨日の夜こっそり見た１１ＰＭ（エロ番組）のことを思い出すことで占められていた我々の脳は、まるで原爆投下直後の広島市内のように、一瞬にして「無」と化した。
「誰じゃ言うとるんじゃ！！！」
江田島の旧帝国海軍兵学校の出身であり、戦場で生きるか死ぬかという修羅場を経験してきたこの先生の恫喝には、我々戦後世代がやるような「どうせキレたって死ぬわけじゃないし」みたいなセーフティーネットの上での安全な「キレ」とは完全に違う何かがあった。消しゴムを投げた奴を討つためだったら自分は死んでも構わない、そんな特攻隊員の霊が憑依したかのような鬼気迫る叫びであった。
「誰じゃ！！わりゃあ、何黙っとんじゃ！！！」
・・・・・・・・・・
「この消しゴム、誰のじゃ！！！！！」
沈黙と恫喝が繰り返された。鶴は死ぬ瞬間に一哭するという。あと数回叫んだら、Ｗ先生は死んでしまうかもしれない。そんな気すらさせるような魂の雄叫びである。
しばらく沈黙が続いた
最前列の、先生の目の前の席に座っていた真面目で大人しい生徒が、震えながら立ち上がり、声にならない声をふりしぼってこう言った
「す、すみません」
「何じゃあ、われ！！！」
「そ、それ、ぼ、ぼくの消しゴムです」
「お前のか！！」
「は、はい、す、すいません、落ちたんです」
・・・・・・・・・・・
次の瞬間、Ｗ先生の顔は豹変した。いつものニコニコ顔に戻っていた。
「お、おちたんじゃの、気をつけいよ、ほい、消しゴムな」
誰もが、このほんの数分の出来事を何かの間違えじゃないかと感じていた。とてもこれが現実に起こったこととは思えない、真っ白な頭の中でかろうじて思考できたのはそんなことであった。この老人があれほどの爆発性を内に秘めていようとは誰が想像できただろうか。
あの恫喝は何だったのか、未だに僕はわからない。ただひとつ感じたのは、この老人が全身全霊で僕達にぶつかろうとしていることだった。
あれから１９年
Ｗ先生はすでに他界されたと聞いた。ああいう先生、今はいないんだろうなあ。
きれてな～～い
温厚な人ほど怒らせると怖いですよ、修羅場もくぐった人ならなおさら。
by 宙太郎 (2006-04-10 12:40)
今の先生は温厚にもどれないで
切れっぱなしらしいですよ～
by muathaisuki (2006-04-10 23:26)
宙太郎さん
全くおっしゃるとおりです。怒らせたくないですよね、そういう人。
muathaisukiさん
キレっぱなしはよくないですね。だから子供もキレるんでしょうかね？
by しょちょう (2006-04-10 23:31)
まさに回路がショートしたという表現がぴったりくるような変貌ぶりだね。
でも、エネルギーがすぐ外に放出されて爆発するか、内に籠もっているかの違いで、温厚な人が別に何も感じていないということでは決してないからねぇ。定期的にキレて適度にガス抜きされている人のほうが、実際は怒りのエネルギーは低いのかもしれない。宙太郎さんの指摘どおり、温厚な人が切れたら本当に怖いよね。ちょっとしたことでは怒らないから尚更。
by ちくりん (2006-04-10 23:33)
ちくりん
だねえ、どうもあの世代で、しかも軍隊教育をうけた人というのは、われわれの理解を超えた感情表現する傾向があるよね。まあ小さいころから渇を入れられて育ったんだろうね。
ちなみに消しゴム落としたかわいそうな学生ね、あいつちくりんと同じ大学・学部行って、今は人権派弁護士になってるらしいよ。あのときの恐怖体験から人権保護に目覚めたのかな？
by しょちょう (2006-04-10 23:42)