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象徴としての医学 [学校生活(学問)]

日本にいた頃、ある政治討論会の番組を見ていたら国会議員が次のような発言をしていた


「・・・(前略)・・したがいまして、今、日本経済は瀕死の重傷を負っています。これを助けるには外科手術が必要です。腐った組織にメスを入れなければならないのです。これこそがまさに構造改革であります。そして、大手術には輸血が必要です。我々政府と日銀は大量の輸血、すなわち資金を準備しなければならないわけです。・・(後略)・・」

我々は日常生活の中でこのような表現をよく目にする。様々な社会現象を医学用語に置き換えて表現するやり方である。例えば「企業の体質が動脈硬化をおこしている」とか「日本社会に巣くう癌細胞のように」とか「南米に経済危機が蔓延、感染源はアルゼンチン」といった具合である。治療に関する用語もよく使われる。「メス」「大手術」「電気ショック」などの外科的なものから、「対症療法」「解毒剤」といった内科的なものまで、実に多彩である

このように医学用語が医学とは関係のない事象を表現するために使われるとき、医学用語はその本来の意味を離れ「象徴化」される。マスメディアなどで象徴化される医学用語はこの数十年で著明に増加した。特に、経済不況、危機、腐敗や汚職といった、ネガティブな現象に好んでこの象徴化が用いられることが多い。外国の新聞などでも「ailing economy:病んだ経済」、「epidemics of crime:犯罪の伝染」といった表現が当たり前に使われているのを見ると、この現象はどうも日本だけのものではないようだ。不況や危機はいつの時代においても起こってきたわけで、今になって急に増えたわけではない。ではなぜ、現代人は医学用語を好んで象徴化するのだろうか。

それは医学が人々にとってより身近になり、かつより中心的な位置を占めるようになったからである。病気や死の原因、その対処法は、この一世紀の間に大きく変わった。以前は、病に罹ることは神や仏の意思、あるいは悪魔や邪気が取りつくことであった、そしてその対処法もまた神頼みの要素が多かった。それが現代になり、科学の発展とともに、病気の原因が癌や感染症といった科学的な病名に変わり、手術や輸血といった画期的な治療法も開発された。そしてこれらはどんどん一般の人にとって馴染みのある言葉になっていった。いまや一生のうちで一度も手術や医学的な処置を受けない人は珍しい。

昔であれば、社会の危機や不幸は「天罰」であった。つい半世紀前までは国難を「神風」が吹き飛ばすと信じられていた。ところが現代ではそれらは「癌化」や「動脈硬化」によって起こり、「メス」を入れたり「特効薬」を使って治療されるのである。つまり現代の医学は高度に発達した科学技術の集大成であるのと同時に、巨大な象徴システムでもあると言える。そして今後も医学が発展すればするほど、この象徴としての医学も大きくなっていくだろう。

30年後の新聞や雑誌の見出しは以下のような文章で溢れているかもしれない。

「首相、アルツハイマー化したNHKを遺伝子治療か」


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