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ドイツ語の氾濫する業界 [その他いろいろ]

英語が氾濫している今の日本において、ドイツ語が氾濫している業界はおそらく医学業界だけだろう。例えば

カルテ、ステルベン(死ぬこと)、クレブス(癌)、ヘルツ(心臓)、マーゲン(胃)、ゾンデ(管)

などなど挙げればキリが無いほどドイツ語が使われている。これは日本の医学の歴史に関係している。

明治政府は開国と同時にドイツ医学の採用を決めた。当時ドイツ医学を推す陸軍とイギリス医学を推す海軍との間に論争があったそうだが、結局ドイツ医学が輸入されることになった。その後、終戦までの約80年間、日本の医学はドイツ一色に染まる。

そして、輸入されたのは学問としての医学だけではない。それに付随する様々なコンテクストも一緒に入ってきた。例えば「ジッツ」という語がある。これはドイツ語のジッチェン(座る)という動詞に由来しており、大学の医局が影響力を握っている関連病院のことを意味する。教授の外来でカルテ書きの雑用をする下っ端研修医のことをシュライーバー(書く人)と呼び、入院診療をする医者達の上下関係をオーベン(上)、ミット(中)、ウンテンあるいはネーベン(下)と表現する。

僕が勉強していた大学の大学病院ではカルテをすべてドイツ語で書く科があった。それを交換留学で来ていたドイツ人学生に見せたところ大笑いしていた。曰く「こんなドイツ語、今のドイツでは使わないよ」

つまり150年前に輸入したドイツ語を日本人は頑なに守り続けていたのに対し、本家のドイツでは言葉が変化してしまったのだ。

もっとひどいのは、ドイツ語や英語の医学用語を日本語風にアレンジして使っていることである。例えば

「このズブアラの患者さんべジってしまったな。今夜あたりステるかもしれない」

「ズブアラ」というのはsubarachnoid hemorrhage(くも膜下出血)のドイツ語読みの省略形、「ベジる」とはvegetable state(植物状態)になることを意味する動詞、「ステる」とは先述のステルベン(死ぬ)の動詞形である。この他にもdecompensation(心不全)になることを「デコンペる」といったりする。

世間では「医者=ドイツ語に堪能」というイメージがあるようだが、まったくそんなことはなく、結構むちゃくちゃな外国語を使っているのである。

 


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コメント 6

三平太

こういっちゃ失礼ですが、こういうドイツ語とかの用法を聞いていると、お医者さんもなんかオタクっぽいですよね。
by 三平太 (2005-05-04 09:11) 

しょちょう

三平太さん
オタク以外の何者でもありません。今度あらためて書きますが、オタクと職業専門家の違いは表面的なもので、根の部分は共通しているのです。
by しょちょう (2005-05-04 09:32) 

チョムプー

ははは・・・すごくうけました!省略は日本人のとくいわざですね。うちの娘たちが「きょどる」とか「アピる」(アピールする、の意味らしい)などと言ってるのとかわりないですね。
ところで、意外な層にドイツ語が人気があります。それは、『エロイカより愛をこめて』という、もう20年も連載が続いている超おもしろいコミックスのファン層の方々。なんといっても、主役の一人が、ドイツのNATOの少佐だから。黒髪美形なのに、鋼鉄の戦車を愛するカタブツ。しかもこのコミックス、マンガとあなどれない情報量とスパイ戦ストーリーのおもしろさと、ハートフルなギャグまんさいの傑作。しょちょうさんも、おひまになったら、ぜひ、バンコクの古マンガやさんかマンガ喫茶で読んでみてくださいー。ただし、おもしろくなるのは1巻目の2話めからです。ファンサイトをのぞくと、妙齢の乙女たちが、レオパルド戦車のプラモを作り、ドイツ語を勉強して喜んでいます。少佐の名字と同じエーベルバッハ市にもうでるファンがあまりに多いので、わけを聞いたエーベルバッハ市の観光局発行のパンフレットには、今やこのエーベルバッハ少佐のイラストがのっているという心あたたまるエピソードもあります。
by チョムプー (2005-05-04 20:50) 

しょちょう

チョムプーさん
つかぬことをお聞きするのですが、チョムプーさんはコミック・オタ・・いや失礼、「コミックにたいへんお詳しい方」なのですか?エロイカにすごく愛をこめておられるようにお見受けいたしますが。妙齢の乙女がレオパルド戦車のプラモですか、それくらいならまだ正常範囲ですが、戦車に塗料で迷彩色を塗り始めたらちょっとやばいです。さらにいうと、その戦車の周りを崩れたレンガ塀で囲ってみたり、ゲシュタポやSS(ナチス親衛隊)の制服を着た人形を載せてみたりしだしたら病院に連れて行ったほうがいいかもしれません。笑
by しょちょう (2005-05-05 06:53) 

チョムプー

えへへ・・・軽いコミックオタなんですが、娘も局地的コミックオタなんで、二人そろえばオタの二乗なんです。夜な夜な、コミックやタレントさん談義に花をさかせています・・・エロイカは、この親子二代でファンです。なお、ドイツの軍人さんたちのファンサイトでは、「ドイツ軍人というと悪人というイメージなのに、日本でこんなふうにNATOのドイツ人軍人たちが楽しくかっこいい役で描かれているなんてすごくうれしい。しかも絵も正確だし」という感激の反応があるらしいです。
by チョムプー (2005-05-05 11:24) 

しょちょう

やっぱり、そうでしたか。笑
ドイツ人は日本人同様に過去にトラウマを負った人達で、けっこう観察していると面白いです。こっちにはたくさんいますよ。
by しょちょう (2005-05-05 17:57) 

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